ドッジボールと言うスポーツに必勝法を見出すとすれば、
それは『当たらない事』に尽きる。
相手への攻撃に関しては、実は意外とどうにでもなる。
仮に、山なりのボールしか投げられない女子であっても、外野と
内野のコンビネーションを上手く使えば、十分相手を狙撃する事が可能だ。
ボールを回すのに筋力は要らない。
左右どちらかにいる外野へ、下投げで渡せばいい。
外野もまた同じ。
自分から見て左右にいる人に、下投げでパスをする。
それを繰り返していけば、次第に相手の方が勝手に焦り出す。
そして、自分がボールを受けた際に、たまたま近くに敵がいた場合、
やはり下投げで相手の足首を狙う。
強く投げる必要はない。
肘と手首を使い、引っ掛けるのではなく押し出す感覚で。
理想の距離は、1.5mくらい。
つまり、人一人の身長と同じくらい。
その距離で足元に投げられれば、ある程度機敏な選手でない限り、
避ける事は出来ない。
当然、足を狙ったボールをキャッチするのは困難。
相手が脅威の身体能力を持っていたり、高い運動神経を誇っていたり、
瞬間的な反応に優れたスポーツマンであったりする場合ならともかく、
体育において5段階評価中3までの成績しか取ったことのない、
平凡な運動能力の持ち主であれば、これで大抵仕留められる。
公式大会であれば、外野同士、内野同士のパスはダメだったり、
5秒以内に投げなければならなかったり、パスは4回までだったりと
様々なルールがあるが、この大会にはそんな厳格な決まりはない。
ならば、それを利用するのが賢い闘い方。
――――等と言う、無難かつ面白味に欠ける展開になる事は、
この決勝戦においてはあり得なかった。
「……上等だ。まずはお前から血祭りにしてやる」
白石の不穏な宣戦布告が、それを物語っていた。
「教育者としてやや不安の残る展開ではあるが、取り敢えず両チームの
ポジションを紹介しよう」
「はーい、このホワイトボードに注目してね」
そんな中、解説の二人は律儀に全員分の名前とポジションを書き記した
ホワイトボードを掲げて見せた。
・チーム『オーバープロテクション』
内野
雪人、湖、香莉
外野
レフト:月海、センター:宇佐美、ライト:結衣
・チーム『コイ☆バナ』
内野
白石、水野(保育士志望)、布部
外野
レフト:遊馬、センター:無量小路、ライト:井本(女優志望)
「……ちょっと待て。一回戦で見た顔が二つあるのはどう言う事だ?」
「ふむ、良くぞそこに気付きましたな、黒木様。流石は我が戦友と書いて好敵手」
ジト目でその二人――――水野と伊佐美を睨む雪人に対し、
背後に陣取る無量小路は腕組みしながら高笑いを始めた。
「水野様は元々我がサークル『コイ☆バナ』の一員。一回戦にそちらの試合に
出場したのは、所謂ひとつの友情出演ですぞ。そして井本様は、つい今しがた
我がサークルへの加入を宣言したので、参加資格を得た次第なのです」
「いや、二重登録とか……もう良いや。とっとと始めよ」
主催者に文句を言っても仕方ないと判断し、雪人はさっさと抗議を諦めた。
そもそも、明らかに運動神経に乏しい女子二名。
助っ人と言うよりは、完全な数合わせだ。
「水野ちゃん、いもっちゃん、ガンバー☆」
顔面を冷やしながら応援する伊佐美の声がビーチに響く中、ボールを持つ
白石が唾棄し、香莉の方を睨む。
刹那――――
「シッ!」
ボクシングのジャブを繰り出すかのように。
ワンステップのみで、白石は直径20cm程のボールに力を込め、宙へと放った。
球筋は――――山なり。
言動や表情とは裏腹に、無量小路へのパスを選択した――――のだが。
「ちぇすとお!」
それを、香莉がジャンプ一番でキャッチ!
いつの間にか集まっていた多数の観客が、その跳躍力にどよめく。
「完全にパスを読みきり、投げる直前にはもう後ろへ走っていたからこそ
出来る芸当だ。ジャンプ力以上にその点を褒めたいプレーだな」
「彼女、見かけによらず、したたかだからねえ」
解説の二人が拍手を送る中、香莉は華麗に着地を決め、ボールを肘と
脇腹で挟み、不敵に微笑んだ。
「アンタの浅い作戦なんて、こっちはお見通しよ。大人を嘗めんなよ?」
「……なんて事だ」
そんな不遜な発言に対し、ガックリと膝を突いた――――雪人が嘆く。
「何でアンタが凹んでんのよ!?」
「いや、なんとなく」
膝の砂を払いつつ立ち上がり、香莉からボールを受け取る。
尚、その間中ずっと湖は雪人の背中に張り付いていた。
ただし、密着はしていないので、身体の感触とかは伝わってこない。
尤も、それがあった日には、ドッジボールどころではないので
何となく安堵しつつもちょっとそう言うのも期待したりなんかして
雪人は複雑な心境に陥っていた。
「さて……」
そんな自分を落ち着かせつつ、ボールを軽く真上に放りながら
敵を一瞥。
流石に悔しそうにしている白石は、中央に。
ほんわかした雰囲気の水野は、左端最後部に。
そして、童顔イケメンの布部はやや中央よりの右側に位置していた。
外野の攻撃力はほぼ皆無だが、パス回しにより隙を狙うと言う展開くらいは
望めるだろう。
特に、水野は苦労なくヒット出来そうな気配。
だが、もし外野の女子陣が当てた場合、ボールは力なく内野に残り、
直ぐに白石に零れたボールを回収されるだろう。
理想は、肩の当たりに当て、ヒットと同時に後ろにボールが飛び、
外野ボールとなる展開。
尤も、それを実現させるには、後方にいる水野の肩に当てる必要があるわけで、
その為にはある程度力を込めなくてはならない。
水野はセパレートの水着を着ており、肩は露見している。
当たれば、痣になるかもしれない。
それは、男としてどうなのか。
そんな葛藤が過ぎる。
「ゆっきー。殺らなきゃこっちの女子が殺されるのよ。迷ってる場合?」
「……なんだろう。音声だけならまともな言動なのに、ビジュアル化すると
不穏な言語が並んでる気がする」
そう呟きつつも、全面的に賛成ではある。
そもそも、参加している時点である程度の事は覚悟してもらわなくては
スポーツとして成立しない。
雪人は後で謝る言葉を考えた後、めいいっぱいの助走をして――――
ボールを投じた!
「……危ねっ!?」
布部に。
残念ながらヒットはせず、辛うじてかわした布部が砂に埋もれる中、
ボールは外野を転々とし、それを外野陣が追う。
「お前等なんなんだよ! 何で今僕が狙われんだよ! 完全に水野サン狙ってる
会話してたろ!?」
「チッ、作戦はハマッてたのに」
己のコントロールミスに、雪人は舌打ちを禁じえない。
一方、香莉は満足げに親指を立てていた。
「今のは、谷口選手と雪人……もとい、黒木選手による会話でのフェイントだな。
水野選手を狙うと見せ、実際には布部選手を狙う、と言う」
「示し合わせてなかったとしたら、凄いコンビネーションだよねえ」
実際、作戦として予め立てていた訳ではない。
決して長くはない付き合いではあるが、既に両者共に相手の考える事は
ある程度瞬時にわかる間柄。
そんな二人の姿に、白石の顔が更に険しくなった。
「はい、結衣さん」
「ゆき、パス」
ボールを拾った外野の宇佐美嬢から、結衣へ。
そして結衣から内野の雪人にボールが渡る。
【コイ☆バナ】の内野配置に変更はない。
ただ、先程より明らかに警戒心は増している。
尚、センターラインは投げ終わった後に踏んだり超えたりしてもダメ。
これは流石に公式ルールのまま採用されたらしく、ホワイトボードに
いつの間にか書かれていた。
「よーし、今度は当ててやれー!」
拳を握って突き上げる湖の応援を背に、雪人は再び助走し――――
「せいっ!」
思いっきり振りかぶり、投げる。
今度の狙いは――――また布部。
「ちっ! この僕をナメんなよ!」
そんな咆哮と共に、布部はボールを受ける体制を作った。
丁度腹の中に収められる高さ。
雪人の肩の強さは並なので、それほどのスピードボールでもない。
余裕でキャッチ出来る――――そう思ったのが、運のツキだった。
「あっ、あれ?」
球筋と布部の接点から、ボールがポロリと零れる。
「布部選手、アウト! 外野の一名と入れ替わって下さい!」
審判の笛と同時に、静の張った声が響く。
「さっき投げたボールより、明らかに速かったねえ。
一投目の不意打ちは、ダブルフェイントだったのかな?」
大友教授の解説に、雪人は小さく舌を出す。
そう。
最初に布部へ投げたのは、助走のみ全力で、投げる際に
込めた力は8割程度。
完全に不意を突かれた布部は、それに気付けなかった。
だが、そのスピードを体感として覚えた布部は、
二投目をその体感のまま受けに行ってしまった。
結果、一瞬動作が遅れ、零してしまった。
もし一投目に全力で投げていれば、不意打ちが功を奏して
当たっていたかもしれないが、その場合8割でのスローイングより
更にコントロールが難しく、外れていた可能性が高い。
実際、8割スローでも外れてしまった。
一方、二投目も完璧にコントロールされた訳ではなく、布部が
自ら受けに行った。
そうするであろうと読んで、二投目は全力投球をした雪人の作戦勝ち
となった格好だ。
「わ、ワケわかんねぇ……」
未だ混乱中の布部が外野へ回りに、代わりに遊馬が内野へ入る。
同じく三越研究室のイケメン。
こちらは運動神経が良さそうな体型だ。
「ヘッ、ヌノをヒットしたからってイキがんなよ? 今度はこっちの番だぜ」
何気に本気なのか、遊馬はチャラいながらも真剣な表情で
零れたままのボールを拾う。
「やる気になるのは良いが、冷静さを失うなよ」
「うっせーよ。何指図してんの?」
そして、白石の上からの言葉が癪に障ったのか、その顔に険を加え、
遊馬は助走を始めた。
「俺はな、負けんのも指図されんのも大嫌いなんだよ……っと!」
そして、しなやかなフォームでスロー。
狙いは――――香莉!
「うおっと!」
しかし、それ以上に俊敏な動作でかわす。
ボールはそのまま外野の無量小路に渡った。
「む……谷口様には中々隙がありませんな」
再びボールは内野へ。
その間、湖は雪人の周りを衛星のようにウロウロしていた。
「チッ、事務のねーちゃん、スルー能力たけーな。幾ら合コンに誘っても
ゼンゼン来やしねーし。ガード固ぇよ」
そんな中、遊馬の掛詞に観客がどよめく。
「ほう……意外だな」
「ああ見えて、貞操観念はしっかりしてるんだねえ」
何故か解説者二名も食いつく。
「……あによっ! 私がガード固かったら何か問題でもあんの!?」
「俺に言われても。つーか、その意外性って、誰も得しないんじゃないか……?」
「うわっ、酷っ!」
首を傾げる雪人に香莉ががなり続ける中、遊馬がニヤリと微笑み――――
香莉に向けて助走なしで投げつける!
「大体、ハーレム状態なのに色気出さないゆっきーに言わ、ほいっと」
「何ィィィ!?」
しかし、香莉は発言の最中にあっさりそれをキャッチ。
そして間髪入れずに助走&スローイング!
「うわマジかよ! 痛っ!」
突然の反撃に反応出来ず、遊馬アウト。
四つんばいで屈辱に震えるそのイケメンに、香莉は冷笑を向けた。
「こんな単純な誘いに引っかかる男の合コンなんて、行っても仕方なくない?」
「ぐっぞおおおおおおっ!」
遊馬は泣いた。
割と本気で。
そして、イケメン高校生を泣かせた香莉本人は、その様子に心から
満足そうに冷笑をキープしていた。
「ゆき、香莉お姉さんが怖い」
「私も怖いです……」
「心強いと言ってあげて」
外野両サイドの戦慄に雪人が白い目で答える中、【コイ☆バナ】内野を転々とする
ボールを、白石が無表情で拾っていた。