「……はい。静粛に。静粛に。これより冒頭弁論を行います。はい、私です。私が
 自ら弁論するんで、聞いてて。良いから聞いてて。後、結維宇佐美!
 アンタもいつまでも酔ってないで、弁護してよ! 私達今、かつてないピンチよ!?」
「だって何時だってピンチじゃないのさ私はーっ! 綱渡りで色々やっても
 結局黒木さんに簡単に看破されちゃうしーっ! これが飲まずにいれますか!」
 あの、衝撃の映像を雪人と結衣が目撃した10分後。
 香莉は室内の全員を居間にかき集め、まだおどろおどろしい生成物が残るテーブル上で
 裁判の真似事を始めていた。
 ちなみに、現時点でアルコール分が一定量に達していない素面組は、香莉の他に
 雪人、結衣の二名のみ。
 残りの三名は、全員がテーブル上のビール缶やワイングラスをごく自然に
 手に持ち、ハイペースで摂取し続けている。
「あの、俺アルコールの臭い苦手なんですけど……帰っていいですか?
 今日の事、別に言いふらしたりはしないんで。恋愛の形って基本、フリーダムだと思うし」
「その誤解を解かない事には帰せないんだってばよ! 良い? 今から私が華麗かつ
 大胆不敵にカンペキな弁明するから、ちゃんと聞いといてよ!」
「大胆……」
 結衣はそのフレーズにのみ反応を示し、頬を染めた。
「ああっ、余計な言葉を……ゆいゆい、今のは聞かなかった事にして!
 そして私の弁明をちゃんと聞いて!」
 切実な訴えが実ったのか、或いは面倒なんで色々な抵抗を諦めたのか――――
 結衣は若干顔を引きつらせつつも、聞く体制を作った。
 その様子を尻目に、雪人はほろ酔い組に視線を向ける。
 湖は、まだ泣いていた。
「うう……私、忘れなくてよ。あの体育館での一時。あと、私をずっと守ってくれた
 ビーチでの時間も、私ずっと忘れなくてよーーーーーーっ! ふえーーーーーん!」
 今更、思い出したかのようにお嬢言葉になっているのは、酔いが更に回った
 証拠なのかもしれない。
 一方、隣に座る月海は、対照的にかなり落ち着いた様子を見せている。
「赤い海、白い海、黄金の海……海は広いなカラフルだ〜♪ 月は私で日は毛ガ〜ニ〜♪」
 その落ち着き払った顔で、意味不明な歌を歌っていた。
 当然、通常モードの月海ではあり得ない行動。
 そして、二人ともグイグイと手にしたアルコール飲料を飲み干している。
 20歳未満の飲酒は、未成年者飲酒禁止法で禁止されていると言うのに。
 まるで、その罰則が本人にはないと言う事を逆手に取っているかのように、
 能動的にグビグビと呷りに呷っていた。
「まあ、俺と結衣ちゃん以外には香莉さんがレズだった事はバレてないから
 酔ってても問題ないのか」
「……れず?」
「え? 香莉さんってそっちの人だったの?」
 雪人の何気ない一言に、何故か二人同時に酔いが醒める。
「なーーーーっ!? 何で被害が拡大してんの!? ゆっきー、これは計算!?
 普段私にからかわれてる鬱憤を晴らす為の綿密な計算なの!?」
「や、違うけど……普段の行いにそれだけの鬱憤が溜まってる事は確かだし、
 そもそもそれを自覚してるなら、色々止めて欲しいんだけど。今回の料理とか特に」
「うう、まさかこんな形で跳ね返ってくるなんて……と、兎に角、まどっちと
 つくみんも、聞いてちゃんと聞いて! 私、違うから! ゆりゆりとかじゃないから!」
「あ……はい、わかってます。はい」
「まどっち! そのドン引きしながらの愛想笑い止めて! 良いから話聞いて!
 もう土下座でも何でもするから! 今までの色んなイタズラとか全部謝るから!
 私の話を聞いてーーーーーーーーーーっ!」
「ここまで拒否反応示すと、世の中の百合な皆さんを差別してるみたいで、
 それはそれで失礼な話って気もするけど」
「うっさい! 兎に角、私は潔白! 良い、私はね、ゆっきーがぶっ倒れた後、
 皆にこれでもかってくらいお酒を振舞ったけど、自分は一切飲んでなかったのよ!
 何故って、それは――――みんなの酔った姿を動く方のカメラに収めようと……
 痛っ! 止めて物投げないで!」
 発言の途中で、湖と雪人の投げた空き缶が香莉の頭に何個も命中した。
「道理で、家に呼ぶ訳だ……そんなコト企んでやがったのか。で、売る気だったのか?
 女子高生の酔った姿をインディーズな感じで売りに出す気だったのか?」
「フッ、見損なわないで貰いましょうか。私はそんな卑劣な真似しないのよ。
 これでも、私は女の端くれ。女の子の味方なんだから」
 その発言に、月海も含めたその場のほぼ全員が引いた。
「ああっ、もうこんなフツーの発言すら導火線に!? 違うってば!
 ホラ、結維! アンタもいつまでも愚痴ってないで、弁明! 私達は
 何もないって堂々と宣言なさい!」
「ふにゃふにゃ……はにゃほにょひにぇはにぇ」
 宇佐美嬢は本格的に酔いが回っているらしく、波打った口元から漏れる言葉は
 殆ど意味を成さなかった。
「くっ、相変わらず使えないヤツ!」
「……香莉さんって、ツンデレなのね……」
「そこ、まどっち! 別にコレはツンじゃないの! 何で同性にデレにゃならんのよ!
 っていうか、何時まで冒頭弁論出来ずにいるのよ! 良い加減引っ張りすぎでしょ!」
 香莉は喉の許す限り叫びまくる。
 明らかに、隣の部屋にとっては騒音妨害レベルだった。
 そして、これまで散々逆の立場で弄られてきた雪人をはじめ、その声を
 最も近くで聞いている面々にも、必死の叫びはまるで届かず。
 全員、白けた目をしていた。
「う……じょ、上等よ。いつまでそんな態度でいられるかしら? 私が同性愛者
 じゃないってコト、これからしっかり証拠として喋っていくから、聞いときなさい!」
 そこで、ようやく冒頭弁論が始まった。
 これから、その記録の一部始終を記す。
 黒木雪人が気絶して以降、谷口香莉はその場の全員に、大量のお酒を勧めた。
 目的は、自身の観賞用および、黒木雪人に見せてリアクションを楽しむ為の
 面白おかしいビデオを撮影する為。
 見事に全員を酔わせる事に成功し、谷口香莉はこの上ない充実感と共に、
 寝室に置いてある665万画素の夜間撮影機能を有したフルハイビジョン対応
 高級ビデオカメラを用意しようと、意気揚々と駆けつけ、そこでカメラの設定を
 コレでもかと言うくらいに入念に行っていたところに、宇佐美結維が乱入して来て、
 日頃の不平不満をぶち撒けた挙句、酔った勢いで襲い掛かった。
 普段の姿とはかけ離れた、酔った人間特有のタガの外れた捨て身の特攻に
 対応しきれず、谷口香莉は成す術なく押さえ込まれ、そこに黒木雪人と
 鳴海結衣がドアを蹴破り乱入して来た。
 以上――――冒頭弁論は終了。
「どう? 私は確実に潔白でしょう? さて、静粛に。それでは、ゆっきー。
 被告人であるトコロの私に人定質問して」
 必死に無実を訴えた後、香莉は一瞬で事務的な顔に戻り、質問を促してきた。
「アンタ、一人何役するつもりだ」
「仕方ないじゃない。開始時点で頭が回ってたの三人だけだったんだし」
 それは確かだったので、雪人は特にそれ以上の追及はせず、
 言われるがままに質問を行った。
 ちなみに、人定質問と言うのは、被告人に対して基本的なパーソナルデータを聞く事だ。
「それじゃ、適当に自分を語って下さい」
「了解。名前は、谷口香莉。年齢は……黙秘で」
「いや、大体20代前半から中盤ってわかってるんで」
「じゃ、前半で。職業は事務を。住居はココ」
 住所ココ、が成立する裁判に対し、雪人はこの上なくアホ臭いものを
 感じていたが、アルコールの臭いで眠くなってきた事もあり、余り深く考えるのを止めた。
「それじゃ、次は……起訴状の朗読。まどっち、お願い」
「へ? わ、私? って言うか黒木、『キソジョウノロウドク』って何?」
「被告人が起訴された理由と、それがどんな罪状に当たるかを記したモノだよ。
 この場合、香莉さんが百合疑惑になったコトと、それがどんな罪に該当するのかを
 述べれば良いって事になる」
 実際の起訴状朗読では、かなり長い文章が読まれる事になるのだが――――
「そ、それじゃ……香莉さんは女の人が好き! 香莉さんは同性わいせつ罪!
 こ、これでいいの?」
「待って……せめて『かもしれない』くらい付けて。今の声のボリュームだと
 お隣に聞こえてる可能性あるって、今気が付いたから」
 既に手遅れだった。
「んじゃ、次は黙秘権の告知。吉原、お願い」
「良くわかりませんが、わかりました。谷口さん、貴女には自分にとって不利益となる
 発言に関しては黙秘をする権利があります」
 状況を理解しないまま、月海はほぼ完璧に役割をこなしていた。
「次は……被告人の陳述かな? けどこれ、もうやってるからパスか。そんじゃ、
 次は弁護人の陳述を」
「……って言うか、いつの間にか裁判長が私からゆっきーに移行してるんだけど。
 そもそも、何でゆっきー、裁判の流れなんて知ってんのよ?」
「いや、偶々と言うか何と言うか」
 実際には、静の叔父から知りたくもないのに聞かされていたと言う苦い記憶に
 よるものだったが、説明が面倒だったので、雪人は適当に茶を濁した。
「で、弁護人は……結衣ちゃん、やる?」
「やる」
 二つ返事だったが、明らかに『結衣も混ぜて』以外の何物でもなかった。
 ちなみに、弁護人と言うのは、被告を弁護する立場なので、この場合は
 香莉が百合ではない事を訴える役目だ。
「……」
 結果、現場を目の当たりにした結衣は絶句以外の選択肢を選べなかった。
 弁護人、沈黙。
 またも前代未聞の事態だ。
「もう、この時点で最高裁まで行っても惨敗確定なんじゃないか」
「ば、バカな! 私がレズだっていう誤報が全国を駆け巡るっての!?」
「そ、そこまで世間は香莉さんに注目しないんじゃないかな……」
 湖が半笑いを浮かべる中、香莉は頭を抱えて唸っていた。
「んじゃ、検察の立場であるところの俺が、証拠を突きつけてやるとしよう。
 結局俺が、トドメを刺すか」
 いつの間にか検察になった雪人が、一方の手を腰に当て、もう一方の手をテーブルに置き、
 悩ましい表情で嘆息した。
「な、何よう。証拠なんてある筈ないじゃないの。私はノーマルなんだから」
「いや、違う。香莉さんは女子をこよなく愛する女性だ。今までの行動の全てが
 それを物語っている。間違いないね」
 突然の雪人の断言に、香莉は勿論、月海、湖、結衣も驚く。
 ちなみに、宇佐美嬢は既に寝息を立て始めていた。
「香莉さん……年貢の納め時だよ。せめて最期は、俺の手で葬ってやるから。社会的に」
「しゃ、社会的に……!?」
「それじゃ、証拠を述べよう」
 たじろぐ香莉に対し、雪人は歪んだ笑みを浮かべ、徐々にその光景は静止画へと移行していった。







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