「俺はこれまで、香莉さんの行動をくまなく観察していた」
突然の雪人の告白に対し、香莉は驚き――――というより、半眼で一歩引いていた。
「それって、ストーカーの発想じゃないの……ゆっきー、そう言う人だったの?」
「バカ言っちゃいけません。観察って言うのは、いつか今みたいな反撃の機会を
得た時に、きっちり止めを刺す為の準備だよ。ここでしっかり仕留めとかないと
後で後悔するって思ったから」
「フッ、中々言うじゃないの。それじゃ、続きを聞こうかしら」
「あの……なんでそんな、殺伐してんの?」
湖の冷や汗交じりの指摘に、二人は答えない。
火花を散らすような視線の交差を見せつつ、お互いにほくそ笑む。
「最初に『あれっ?』、って思ったのは、そんなフザけた性格なのに、
学生時代に女子からモテたって言う話を宇佐美さんから聞いた時。
幾らなんでも、あり得ないでしょ」
「そ、そんな話良く覚えてるねえ……って言うか、それに関しては
私的にも黒歴史なんだから、あんま触れないで貰おうか! 私だってねえ……
別に女子に媚薬入りチョコレートとかレディースコミックの一部切り抜きなんて
貰いたかないっての!」
誰も得しない香莉の主張に、暫し沈黙が起こる。
「……勿論、全部即効で処分したから、誤解ないようにね。特にゆいゆいとまどっち!
シラフでも、今私の言った事は忘れてね」
「は、はい」
「わかった」
キッ、と言うよりギッと言う感じで二人を一通り睨み付けた香莉は、宿敵である
雪人に再び目を向ける。
「で、次の疑念はいつのどんな場面?」
「海に行く時、キウイが嫌いって言ってましたよね。俺が独自に入手したデータでは、
キウイが嫌いな人の8割は同性愛者です」
「どう言うデータよ! 聞いた事もないってーのそんな話!」
「甘いな、谷口先輩」
普段呼ばない呼称で呼びつつ、雪人は堂々と立ち上がる。
「キウイってのは、殆どの品種が雌雄異株なんだよ。つまり、雄の植物、雌の植物に
分かれてるって事。まあ、人間をはじめとした殆どの動物と同じって事だよね。
それが嫌いって事はつまり! 異性を本能的に否定しているって事なんだ!」
ビシィ〜! と指を差した雪人に、湖と結衣が目を丸くする。
その後同時に、香莉へ疑惑の視線を向けた。
説得力としては――――
「あるワケないじゃないのそんなの! 二人とも騙されちゃダメ!
こ、このヤロー、本気で私を社会的に抹殺しようとしてやがる!」
ちなみに、キウイが基本的に雌雄異株と言うのは本当だが、それを嫌いだからと言って
同性愛者と言う事はないので、誤解なきよう。
「くっ……なんてトコからこじつけやがるの、こいつ。相当デキるじゃないの……
それこでこそ私の永遠の好敵手」
「まだまだ、勝負はこれからさ。ここで必ずアンタは仕留める!」
「……ゆきがこわい」
「って言うか……この一連の流れ、一体何なの? 誰が得するのよ」
結衣が怯え、湖が呆れる中、誰も得はしないであろう裁判は続く。
「それじゃ、核心を述べよう。疑惑が確信になったのは、海でドッジボールやった時。
香莉さん、女子にばっかり目が行ってたよね」
「え゛」
その衝撃発言に、湖が本気で引く。
今まで引いてたのは、少なからず冗談めいた雰囲気があったが――――
今回は確実に生理的に本意気で条件反射的に引いていた。
「ちょっ、それは絶対ないから! 何その根も葉もない風説!?」
当然、香莉は狼狽る。
が、雪人は気にも留めず、続きを発言すべく口を開いた。
「確かあの時、女性陣の水着は香莉さん主導で購入したんだよね。で、結果として
こう言う水着の選択になった訳だ」
雪人は居間の収納ラックに置かれていたコピー紙を無造作に一枚抜き取り、
そこにマジックでカカッカカッと水着の種類を書き始めた。
「結衣ちゃんは、露出皆無と言うか、もう水着ですらないようなワンピース。
吉原は、タンキニ水着。そして、湖はラッシュパーカー込みの残念水着」
「残念って……どう言う意味よ」
「気にするな。で、これが何を意味するかってーと……」
湖の鋭い視線を掻い潜り、雪人は再び人差し指に力を込めた。
「この3人を狙ってる、って事だ!」
「な、何ですって!?」
何故かそこで宇佐美嬢が大声をあげた。
「おい、コラ結維。アンタがこのタイミングでそんな声を出すのがどれだけ
私にとって不利になるってわかっててやってんの? それともわざと?
日頃の恨みをこの機会に晴らそうとしてる?」
「何が何やら私には全然わかりませーん! 私酔ってまーす!」
明らかにわざとらしい宣言に、香莉の目が本気の殺意を宿していた。
「香莉さんの性格的に、極端に露出の少ない水着を買い与えるってのは
ちょっとあり得ない。普通なら、寧ろ逆に男のロマン水着を買って
困惑する姿を堪能する筈。それを見て楽しむゴミみたいな性格の筈!」
「誰がゴミか」
「なのに、敢えてそんな男の期待粉砕水着を選んだのは、独占欲が働いたからだ。
この子達を野郎どもの視線に晒させたくないのよー、って、そう思ったからだ!
でも、幾ら低露出水着でも、ドッジボールみたいな動きが激しいスポーツの場合、
普段は見られない体勢とかを目撃できる。レアショットをゲット、ってなもんさ。
香莉さん……あんた、プロだよ。流石の俺も、これに気付いた時は戦慄したね」
「私は今のアンタに戦慄するっての……よくもまあ、そこまでデタラメを
真顔で並べられるものね」
再び、火花が散る。
そして――――これにて雪人の証拠提示は終了。
次はいよいよ、香莉の最終弁論に突入する。
「さあ、反論できる要素は残ってるかな……?」
余裕の表情でその時を待つ雪人に対し、かなりのダメージを受けた香莉は
眉間に皺を寄せて歯軋りしていた。
尚、ドン引きしている湖と結衣はいつの間にか香莉から遠い位置に
移っていた。
「ない、のかな? それとも、絶望で打ち震えて、もう口が開かないか。
無理もない。あれだけ頑なに否定していた事を覆されたんだから……」
いつの間にか、テーブルに腕を伸ばした状態で両手を突いている雪人が
饒舌に心的圧迫をかける中。
「フフフ……」
香莉は――――笑っていた。
「甘い。甘いぞやゆっきーよ。この程度で終わる香莉ネーサンだと思うかね?」
その笑い声は、地獄から聞こえてくるかのように、低い響きを有していた。
「強がりはよしなよ、香莉先輩。もう、アンタのライフはゼロだろう?
もう眠りな。そして犬と一緒に疲れな」
「そうね……確かに大分削られたものよね。けど、ゼロじゃあないのよ。
そして、ゼロじゃない限り、私は常に前のめり。守備よりも攻撃。
ガーディアンよりスーサイドアタッカー。この最終弁論の時間は敢えて、
自己弁護じゃなくゆっきー、貴方を道連れにする為に使うコトにするってばよ!」
今度は香莉がビシッと指を差す。
「道連れ? 俺をどうするってんだ?」
「知れた事よ。裁判には裁判。裁判返し! 私はこの自由に弁論できる時間を
使って、ゆっきーのこのツアー内における女性遍歴を赤裸々に語ってやるぜ!」
「……はい?」
「くっふっふ。随分とたくさんの女の子とよろしくやってきたようですな、
黒木さん。こんなコトもあろうかと、私はアンタをずっと監視してきたのよ!
こう言う機会に反撃できるよう、アンタが複数の女と関係してきた
一部始終をね! このハーレム至上主義! 寝る時はハーレム睡眠ってか!?」
突然の香莉の宣言に、雪人は衝撃を禁じえず、思わず顔をしかめる。
「たくさんの女の子と……よろしく?」
「ゆき、そうなの?」
そして、結衣と湖は急に関心を示し出した。
「ンなワケないだろ。俺にそんな甲斐性があるかどうか、考えてみろよ」
「確かに……ないねー。全然愛想とかないし」
「ゆき、枯れてる」
不本意な物言いは兎も角、承認を得た事で雪人はしたり顔を得る。
が――――
「確かに、一見この男、人畜無害に見えます。それはもう、まるで『僕は女の子には
興味ありませんから、大丈夫ですよ』と言わんばかりに。でもねー、でもねー、
ちゃうねん! コイツ、そんなんちゃうねん!」
「そのエセ関西弁何なんだよ。せめて発音は似せろ」
「ちゃうねん。兎に角、このヤローはとんだ食わせもんですよ! それを
私がこれまでしてきた綿密な取材で明らかにしてやろうと思います!」
ガッツポーズをしつつ、香莉が立ち上がる。
何故ガッツポーズなのかは誰にもわからなかったが、そのままの勢いで
香莉はラックの一番上に置いてあったノートを手に取り、パラパラと捲りだした。
「まーずーは……ツアー初日。いきなり、まどっちと遭遇。ナンパ」
「え……ナンパだったのあの出会い」
「ナンパなんて一切してねーよ! ごく普通に航海してたろ!」
今度は雪人から距離を置く湖に、雪人は叫びつつ自己弁護。
とは言え――――面識の殆どない女子相手に、割と積極的に話しかけていたのは事実。
「そう言えば……あの時私を付回してきたあの変態と最近、割と仲良くしてるような」
「そうそう! ホラ、良くあるパターンよ。『実は裏で金払って悪役を雇って、
その悪役をやっつける演技で女子のハートをゲット』パターン。よく敵役の
イケメンがやるアレよ。アレだったのよ、それは!」
「ンなワケあるか! あの変態とは裏でも表でも一切繋がりなんてない!」
ここぞとばかりに畳み掛ける香莉に、雪人は断固NOを突きつける。
が、湖の怪訝な顔は消えていない。
「お前……こんなムチャな話を信じてんじゃないだろな」
「で、でも」
「まどっちを苛めなさんな。それに、まだこんなの序の口よ? 次は、そう。
つくみん! さっきからフワフワ何処見てるかわかんない、つくみん!」
「はい、呼ばれましたつくみんです」
先程から殆ど本筋に絡んでなかった月海が、ビシッと敬礼して存在を示す。
まだ余裕で酔っていた。
「趣味は、シルバーアロワナを1m以上に成長させて、イルカみたいに
飛び跳ねるショーをさせる事です。自信があります。ごくごく」
寧ろ深化していた。
「だーっ、これ以上飲むな! って言うか、こんなに女性陣を酔わせてる時点で
もう色々アウトだろアンタ!」
「細かい事はこの際良いのよ! それより黒木雪人被告! アンタに
つくみんへのストーカー疑惑が掛かってるぜよ! 何度も何度も接触を試みたようね!」
ストーカー。
そんな、懐かしさすら覚えるキーワードに――――
「す、ストーカー?」
宇佐美嬢まで反応を示した。
一方、結衣と湖は共に劇画調の顔でドン引き状態だ。
「そんな事するか! 何で俺が吉原を付け回さなきゃならないんだよ!」
「くっふっふ、犯人はみんなそう言うのよ。でも実際には、証拠が全て。
資料によると……初対面はアパートへ移動するバスの中。いきなり
声を掛けてナンパ。ほうほう、ようやるねー」
「何でそれ知ってるんだよ!? どう言う情報網だよ!」
「ナンパ……私だけじゃなくて、吉原さんも?」
「だから違うっつってるだろ! どうしてそう、焼肉の時に油吸うナスみたいな
無駄な吸収の仕方すんだよ!」
絶叫する雪人に、香莉の刺すような視線が向けられる。
その目には、一種の覚悟のようなものが表れていた。
「ゆっきー……年貢の納め時よ。せめて最期は、私の手で葬ってあげる。文字通り」
「も、文字通り……!?」
「それじゃ、更なる証拠を……」
狼狽する雪人へ更なる追撃を試みた香莉が、その歪んだ口を開いたその時――――
「……何を騒いでいるんだ。お隣の住民がカンカンだぞ」
いつの間にか入室し、土産品を手に提げた静が、心底呆れた顔で溜息を落としていた。
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